五輪などで実施されるアマチュアボクシングは、正しい技術で打ったパンチのヒット数を競う。しかし、プロが競うのは相手に与えたダメージの深さ。当然狙うのは、頭部が中心になる。
サッカー、アメリカンフットボール、ラグビーなどの競技団体は近年、競技中の脳振とうを深刻に捉え、対応や復帰へのガイドラインを作成している。昨年は世界保健機関(WHO)が国際サッカー連盟(FIFA)とともに、脳振とうに対して「多くのスポーツで懸念される公衆衛生の問題」と注意喚起した。
一方、国内試合を管理する日本ボクシングコミッション(JBC)では、KO負けは90日間、3連続KOは120日間の出場停止やCT検査が課されるが、脳振とうについての規則はない。頭部打撃には脳振とうがつきもので、それによってダウンも生まれる。ダメージの深さを競う中で脳振とうを制御すれば、ジレンマに陥ってしまう。
ただ、脳振とうとリング禍は深い関係がある。ダウンが一時的な脳振とうだけで終わるものか、頭蓋内に出血が起こっているかで、事態はまったく違う。JBCでコミッションドクターを務める笠原正登(63)は「頭蓋内出血した場合、血腫が脳を圧迫し、意識レベルが低下する。その兆候が出るまでには時間がかかる。そこで再度殴られ、また脳振とうによる損傷を受ければ血腫が悪化する」と損傷を繰り返す危険性を説明する。
笠原自身、過去には判断の難しさを痛感した事例もある。だからこそ、頭部への打撃が勝敗を分ける競技の核心に踏み込んだ調査ができていないことを問題視する。「今までは(対応を)感覚的にやってきた部分がある。エビデンス(根拠)がなければ誰も納得しない」と、科学的視点の必要性を訴える。=敬称略=(船曳陽子)