西日本新人王戦トーナメントが行われた神戸市立中央体育館。デビュー間もない選手がしのぎを削る=4月19日
西日本新人王戦トーナメントが行われた神戸市立中央体育館。デビュー間もない選手がしのぎを削る=4月19日

 昨年、ボクシング界にある疑問が投げかけられた。一人のボクサーが命を落としたことに、総合格闘家の青木真也が「年間最高試合が死亡事故なのはその競技を疑わざるをえない」と交流サイト(SNS)で発信した。

 その前日の2月2日、真正ジム(神戸市東灘区)から世界を目指していた穴口一輝が亡くなった。前年12月26日の日本バンタム級王座戦で敗れて意識を失ったままだった。亡くなる直前にこの試合が年間最高試合(世界戦以外)に選出された。

 ベテラン格闘家は、これを美談で済ませてはいけないという趣旨を説明した。SNS上では賛同の声もあった一方、ボクシング関係者やファンからは、反論が巻き起こった。年間最高試合は、試合内容への評価だと強調する現役王者の声もあった。

 それほどハイレベルな闘いで、選手が死に至ったのはなぜか。医師や弁護士、試合運営の専門家らによる事故検証委員会では、試合の流れの中で事故の兆候を見つけることは難しく、続行したことに大きな問題はなかったと結論づけられた。

 試合を止める権限は唯一レフェリーが持つ。日本が採用しているフリーノックダウン制では、1度目のダウンでダメージが深いと判断してレフェリーストップとなることもあれば、複数回のダウンで試合が続くこともある。穴口は4、7、9、10回に1度ずつダウンしたが、しっかりと立ち上がり、その都度反撃を繰り返した。

 試合を止めるもう一つの手段は、選手か陣営の試合放棄だ。しかし、セコンドは穴口の受け答えは最後まではっきりしていたと感じており、陣営による棄権も難しかった。多くの関係者が「自分でもあの試合は止められない」と同調した。

 日本ボクシングコミッション(JBC)で試合管理の中枢を担う本部事務局長の安河内剛(64)も「確かにあの試合は止めるのは難しかった」と判断した一人。一方で、事故は不可避であったという論調には強い危機感を覚えていた。検証委の結果を受けても、もどかしさや焦りが募った。「難しかったではだめ。試合前に、試合途中に、どこかに何かがあったのではないか」。批判された総合格闘家の発言も「われわれが向き合うべき根源的な問題」と受け止めた。

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 JBCには1952年から2023年の間の試合で、40件の死亡事故が記録されている。90年代が11件、00年代が7件と推移し、10年代は2件と減少した。23年の穴口については、前の死亡事故から10年がたっていた。健康管理と安全対策を重ねてきた中で起こった悲劇は、関係者を失望させた。第2部ではリングに関わる人たちの取り組みや葛藤を伝える。=敬称略=(船曳陽子)