神戸新聞社は、認定NPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)」と連携し、政治家の発言やインターネット上の言説などで判断に迷う情報の真偽を調べる「ファクトチェック」を始める。語った事実の有無や両論併記ではなく、「語った内容が本当かどうか」を公開情報などを根拠に検証し、「正確」や「誤り」、「判定留保」など9段階で判定・評価する。ファクトチェック形式の記事は、特定の立場を批判、擁護するためではない。
ファクトチェックは、トランプ氏が初当選した2016年米大統領選や英国のEU離脱などを機に世界的に広がった。米デューク大の調査によると、24年には手がけるのは439組織に拡大。各国のファクトチェック団体の連合組織である「国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)」には国内で3団体が登録している。
ファクトチェックは、「非党派性・公正性」「情報源の透明性」「財源・組織の透明性」「検証方法の透明性」「オープンで誠実な訂正」というIFCNの綱領に基づいて実施する。
非党派性・公正性を担保するため、ファクトチェックは同一の基準を使って行う。神戸新聞社では、FIJのレーティング(基準)に基づき、情報が正確な順に、「正確」「ほぼ正確」「ミスリード」「不正確」「根拠不明」「誤り」「虚偽」に加え、真偽の証明が難しい「判定留保」と、意見や主観的な認識・評価に関するもので真偽が調べられない「検証対象外」の9段階で評価する=表。
ファクトチェックの過程も「見える化」する。対象とするのは、ネットを中心に拡散していたり、社会的な影響力がある人物や団体が発信したりする発言や言説のうち、検証が可能なもの。公的機関による調査や資料などのオープンデータ、学術論文など、読者が情報源をたどれる一次情報を用い、取材による場合は取材対象を明示する。公開後の訂正、修正などの履歴も開示する。
■偽・誤情報の5割を「真実」と判断
総務省が5月に結果を公表した「ICTリテラシー実態調査」では、過去に流通した偽・誤情報を見聞きした人の47・7%が「正しい情報だと思う」「おそらく正しい情報だと思う」と回答した=グラフ参照。さらに、25・5%が家族や友人に伝えたり、交流サイト(SNS)などで拡散したりしていた。偽・誤情報を見聞きして他者に伝えようとした理由は「情報が驚きの内容だったため」が27・1%で最多だった。
SNSや動画投稿サイト「ユーチューブ」、ネットニュースなどは、アルゴリズム(計算手法)に基づき、その個人が関心のある内容が表示されやすくなる「フィルターバブル」が生じ、特定の考え方が増幅、強化される「エコーチェンバー」が起きやすい。だが、総務省の23年調査では、フィルターバブルの日本での認知度は38・1%にとどまり、米国(77・6%)や中国(79・9%)、ドイツ(71・1%)などに比べて低かった。
政治を巡る言説は有権者に支持を訴えるため、対立が起きやすく、偽・誤情報が拡散しやすい。SNSや動画投稿サイトなどのソーシャルメディアは、選挙への関心を高める役割を果たす一方、昨年の兵庫県知事選では選挙期間を通じて、デマや誹謗(ひぼう)中傷、真偽不明の情報が急激に拡散した。 日本新聞協会は今月、SNSなどインターネット上の偽・誤情報が選挙結果に影響することを憂慮し「事実に立脚した選挙報道により、民主主義の維持発展に貢献するのが報道機関の責務だ」とする声明を発表した。選挙に関する報道各社のファクトチェック記事を協会のX(旧ツイッター)で紹介する取り組みを始めている。
■「人に言いたくなる情報」ほど注意を
総務省が5月に公表した「ICTリテラシー実態調査」に協力した山口真一・国際大准教授(社会情報学)の話
フェイクニュース自体はネットが発展する以前からあった。だが、現代ではネット上の偽・誤情報を信じた人が食卓で家族に伝え、家族が友人に伝え、そのうちの誰かがSNSにアップする-といったように、ネットとリアルを行き来する形で飛躍的に拡散している。ネットを遮断しただけでは、問題は解決しない。
私の調査では、「自分は批判的な視点で情報収集をしている」と評価する人ほど、フェイクニュースを信じやすい-という結果もあった。偽・誤情報は拡散力が高い。まずは「誰でもだまされるんだ」という謙虚な気持ちを持つことが大切だ。「他の人に言いたくなる情報」を目にしたり、耳にしたりした時だけでも、情報の発信元や専門性、メディアによるファクトチェックなどで検証する癖を付けてほしい。
■参院選で情報収集、共有を強化 認定NPO法人「FIJ」
ファクトチェックを支援する認定NPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ、東京)は25日から、「2025年参院選プロジェクト」を行う。膨大なネット上の言説の中から真偽が疑わしい情報を収集し、共有する仕組みを強化。FIJの支援対象は17日時点で神戸新聞社など16媒体で過去最多となり、参院選プロジェクトに参加するメディア数、記事数とも増加を見込む。
東大大学院情報学環特任教授でFIJの瀬川至朗理事長は「選挙は政治的な論争や党派的な情報発信が増え、偽・誤情報が出やすく拡散しやすい」とし、選挙期間中の迅速なファクトチェックの重要性を強調した。
ファクトチェック記事を集めたFIJの「ファクトチェック・ナビ」によると、昨年の兵庫県知事選では選挙期間中のファクトチェック記事は日本ファクトチェックセンターが検証した2本のみ。X(旧ツイッター)には、投稿に訂正情報を追加する「コミュニティノート」機能もあるが、瀬川理事長によれば選挙期間中に公開されたのはわずか9件で、うち7件は10時間以内に非公開になり、限界があらわになった。
FIJは2017年衆院選からプロジェクトを始め、参院選や地方選でもファクトチェックを支援してきた。
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