学校図書館での授業。子どもたちは本の世界に引き込まれていく=神戸市東灘区本山南町4、福池小学校(撮影・風斗雅博)
学校図書館での授業。子どもたちは本の世界に引き込まれていく=神戸市東灘区本山南町4、福池小学校(撮影・風斗雅博)

「今生きている」幸運を

 「今のボール当たったやろ!」「この問題分かる人ー」「先生、先生~」。運動場や教室から児童のにぎやかな声が響いている。

 ここはJR摂津本山駅と阪神青木駅にほど近い神戸市立福池小学校(東灘区)。子育て世代に人気のエリアにある。29年前の阪神・淡路大震災で、児童3人と若い女性の先生1人が亡くなった。

 校舎のすぐ隣に平屋の学校図書館がある。中に入ると、窓際に金子みすゞの詩集が20冊、校内の喧騒(けんそう)をよそにひっそり並んでいた。小さなプレートには「よしおか文庫」と書いてある。

 別の本棚には人気児童書「ズッコケ三人組」シリーズの一作「ズッコケ脅威の大震災」が4冊もある。ページをめくってみた。物語の終盤、「神戸市の福池小学校」と書かれた一節が目に留まった。

   

 みんなのつくえに、手紙が一通ずつくばられた。

 ハチベエの手もとにきたのは、神戸市の福池小学校の六年の女の子の手紙だった。(「ズッコケ脅威の大震災」より)

   

 作家の那須正幹さん(2021年7月死去)が書いた「ズッコケ三人組」は、小学6年生のハチベエ、ハカセ、モーちゃんの3人が騒動を繰り広げる国内の児童書を代表するシリーズだ。1978年に刊行が始まり、2004年の第50作「ズッコケ三人組の卒業式」で本編は完結した。

 「脅威の大震災」は阪神・淡路から3年後の1998年に発行された第37作。ハチベエたちが暮らす稲穂県をマグニチュード7・3の大地震が襲う。震災から12日目、学校が再開した。全国から届いた励ましの手紙の中に、福池小からのものがあった。

   

 深見弥生という少女も、じつは三年前の阪神・淡路大震災にあって、家が全焼したのだそうだ。そのとき父親が亡くなり、二か月も避難所生活を余儀なくされたという。三年たったいまでも、ときどき地震の夢を見るそうだ。(同)

   

 「ずっと子どもたちに向けて本を書いてきただけに、震災でたくさんの子どもたちが犠牲になったことを知り、那須先生は大変ショックを受けていました」

 ポプラ社(東京)の編集者として、シリーズ第2作「ぼくらはズッコケ探偵団」(79年)から那須さんと長年タッグを組んだ井沢みよ子さん(77)が教えてくれる。

 震災後、ある出版社の呼びかけで、教科書の執筆者による励ましのメッセージ集が作られることになった。二つ返事で参加した那須さんは、生まれてすぐの台風による水害や、3歳のときに広島で被爆した経験などを紹介している。「今生きていること」の幸運を切々とつづり、子どもたちにも「この幸運をいつの日か、ほかの人にも分けてあげてほしい。そうすることが、亡くなった大勢の人たちに対する君たちの責任でもあるのだ」と奮起を促す言葉を贈った。

 福池小とズッコケとの縁は、この文章を授業で読んだ6年生が、那須さんに礼状を書いたことで生まれた。手紙に胸を打たれた那須さんから返事が届いたのだ。そこには「いずれ、ズッコケ三人組に大地震を経験させることを約束します」と書かれていた。その約束は、3年後に果たされることになる。

   

 福池小が大切に受け継いでいるもう一つの震災関連図書が、よしおか文庫である。3年生の担任で、震災で亡くなった吉岡千恵美さん=当時(26)=の義母君江さん(82)=神戸市北区=が2013年に寄贈した。千恵美さんは震災半年前の1994年7月に結婚したばかりで、おなかには赤ちゃんがいた。(黒川裕生)