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 スマートフォンや通信アプリの普及、新型コロナウイルス禍で浸透した「テレワーク」…。便利な連絡手段や柔軟な働き方とともに、業務時間外の上司や取引先からの電話やメールを拒む「つながらない権利」の概念が広まりつつある。海外では法制化が進み、日本でもワークライフバランスを重視する企業などで模索の動きが見られる。ただ国内の議論は低調で、ルールづくりは容易ではなさそうだ。(竜門和諒)

 神戸市東灘区の「エム・シーシー食品」では昨年、働き方改革の一環として、全社員の業務内容や要する時間などを上司が把握する仕組みを導入。業務の属人化や特定の社員への負担集中を防ぐことで、業務時間外の連絡を極力減らしている。

 業務の共有化のきっかけは、社会問題化するハラスメント対策のため、同社が実施した社員への聞き取り調査だった。

 社員間の連絡について、業務時間外のメールや電話を不快に思う社員がいた一方で、上司側には「情報共有が目的で、返信は求めていない」という考えもあった。

 「共通の課題は、コミュニケーション不足でした」と業務管理部長の小嶋拓さん(53)。従来は「その人でないと分からない」と休日に連絡をしたり、有給休暇取得が進まなかったりした例があったという。

 小嶋さんは「業務時間外でも、やむを得ない連絡はある。普段からコミュニケーションをとって『つながる必要』も理解し、適度な距離を保つことが大事ではないか」と話す。

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 つながらない権利は、労働者の私生活を守るため、緊急時を除き勤務時間外の電話やメールなどを遮断することを認める。欧米では、時間外の連絡について労使で協議する義務を定めるなどの法制化が相次ぐ。

 日本では働き方改革の一環で意識が高まりつつあるものの、ルールづくりの議論は進んでいない。厚生労働省がテレワークのガイドラインの中で「時間外や休日のメールなどに対応しなかったことを理由に、不利益な人事評価を行うことは不適切」-と示す程度だ。

 連合(東京)が2023年、千人を対象に実施したアンケートでは、回答者の72・4%が「勤務時間外に上司らから業務上の連絡が来る」と回答した。「拒否をしたい」と感じる人もほぼ同じ割合だったが、62・4%が「拒否は難しいと思う」と回答。労働者側がやむを得ず受け入れている状況が浮き彫りになった。

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 神戸市は19年、全国の自治体に先駆けて「つながらない権利」について考える有識者会議を立ち上げた。20年3月、条例化や組織でのルールづくりの推進などを盛り込んだ報告書が久元喜造市長に提言されたが、その後、議論は止まったままになっている。

 同市の担当者によると、当初は条例制定を視野に具体的な検討を進めていた。だが、コロナ禍でテレワークやオンライン会議が普及するなど働き方が様変わりしたことも影響し、「今は条例化に向けた動きはない」(担当者)とする。

 有識者会議の座長を務めた神戸学院大名誉教授の岡田豊基氏は「令和の時代は、人生を充実させるために会社とどういう関係を築くかという視点が大事だ。強制力がなくても、行政が旗振り役となって取り組みを促し、企業でも労使の議論が進んでほしい」と話している。