■動物社会の理解目指す
「社会性」という言葉から、皆さんはどんな印象を抱くでしょうか。人が集まり、協力し合い、複雑な人間関係を築いて暮らす姿を思い浮かべる人が多いかもしれません。私たち人間が高度な社会性を備えた生物であることに異論を唱える人は少ないでしょう。
では、この社会性は人間だけの特性なのでしょうか。同じ霊長類であるチンパンジーの行動からも、助け合いといった社会性を見いだすことができます。
さらに視野を広げると、私たちからは遠い存在に思える昆虫の中にも、高度に組織化された社会を築くものがいます。このことは、社会性が進化の過程でさまざまな生物に生じた性質であることを示しています。その代表例が、私たちの研究室で研究しているアリです。
アリはおよそ1億年前にハチとの共通の祖先から分かれ、現在では世界で約1万5千種、日本国内では約300種が知られています。社会性をもつ昆虫としてハチも有名ですが、種の数や生息範囲の広さでアリは群を抜いています。
地球にいる個体数は2京匹以上とも推定され、その生物量は哺乳類と鳥類の合計を超えるとされるほどです。足元を歩く小さなアリですが、地球上で最も成功した生物群の一つと位置づけられます。
アリの最大の特徴は、女王アリが繁殖に専念し、働きアリが採餌や巣の維持を行う役割分担にあります。さらに、働きアリの行動は年齢とともに変化し、若いうちは巣内で幼虫の世話を行い、年を重ねるにつれて外へ出て採餌や防衛に従事するようになります。
一方、女王が不在になれば一部の働きアリが産卵を始め、老齢の働きアリが不足すれば若い個体が巣外へ出るなど、状況に応じて柔軟に社会組織を調整します。私たちの研究室では、こうした柔軟性がアリの経験やフェロモンによる情報伝達を介して実現されていることを明らかにしてきました。
また、アリの社会には極めて多様な形態が存在します。コロニーの規模や女王の数、巣の構造や利用する餌など、環境に応じて実に多様な社会が進化してきました。中には、人間の農業や家畜にあたるような行動をとる種もいます。私たちは、こうした身近な昆虫であるアリの多様な社会を手がかりに、動物社会の統一的な理解を目指しています。