貴重な自然が人知れず失われる…。残念ながら、このようなことはよくあります。その一例が棚田のあぜに広がる草原、すなわち畦畔(けいはん)草原です。
棚田は山や谷間などの傾斜地に造られた階段状の水田で、かつては多くの地域でみられる普通の存在でした。個々の棚田がいつごろに造られたのかはよく分かっていませんが、棚田の多くが数百年以上の歴史を持つことは確実ですので、畦畔草原はこのような長い歴史の中で生まれ培われたものであるといえます。
畦畔草原では年4回以上の草刈りが行われます。このような草刈りは畦畔草原を維持するための必要条件です。戦前の畦畔草原は刈敷(肥料として田畑に敷き込まれる草木の葉)や牛馬の飼料(餌)を得るための採草地として利用されており、農村社会を支える大変貴重な存在でした。
また、畦畔草原は様々な生物の生息地としても重要な役割を果たしてきました。例えば、畦畔草原ではわずか1平方メートルの土地に20種、または30種を超える植物が生育しています。畦畔草原は植物の宝庫といっても過言ではないでしょう。
しかし、1960年代以降、畦畔草原は減少の一途をたどっています。その最大の原因は棚田の圃場(ほじょう)整備ですが、近年は棚田の耕作放棄とそれに伴うあぜの管理放棄が全国各地で急速に進行し、このことが畦畔草原の減少に拍車をかけています。
危機的な状況にある畦畔草原を保全するためには科学的な調査・研究が不可欠です。「ひとはく」は開館以降、このような調査・研究を兵庫県の様々な地域で行ってきました。
その結果、圃場整備や草刈りの停止が畦畔草原の生物多様性を著しく低下させること、兵庫県の畦畔草原は三つのタイプに大きく区分されること、このうちの1タイプは日本海側地域、残りの2タイプは瀬戸内海側地域に偏在すること、このような地域性には気温や降水量、降雪量が関係していることなどが明らかになりました。
畦畔草原は長期にわたる人と自然の相互作用によって生まれたユニークかつ貴重な草原です。このような草原の生物多様性や地域性をこれからも維持していくためには、地域ごとに可能な限り多くの畦畔草原を保全する必要があると思います。畦畔草原の存続を心から願っています。