底に大蛇が潜んでいそうなため池。写真撮影時はアオダイショウが泳いでいた
底に大蛇が潜んでいそうなため池。写真撮影時はアオダイショウが泳いでいた

■高田知紀主任研究員

 妖怪は、日本人が暮らしの中で抱くさまざまな関心や懸念が反映された超自然的存在です。かつて、身の回りで起こる不可解な出来事を理解するために、人々は妖怪を生み出し、語り継いできました。日本の国土で暮らす中で、私たちにとっての大きなリスクの一つは自然災害です。各地に伝わる妖怪・怪異譚(たん)を見てみると、自然災害に関連する内容が多くみられます。

 水害に関連する妖怪・怪異譚として「やろか水」があります。木曽川や長良川の流域に伝わる話で、大雨が降る夜に川の上流から「やろかー、やろかー」と不気味な声が聞こえてきます。この声に「よこさばよこせ!」と答えると、鉄砲水で流されてしまうそうです。

 兵庫県にも、自然災害に関する妖怪・怪異譚が伝わっています。養父市八鹿町の山中に大蛇がすむとされる池がありました。ある夜、一人の村人の夢に大蛇が現れ、「この池から出たいので、邪魔をせずに村を通してほしい」と告げました。これを受けて村人たちは、大蛇が村の中を通ると農作物が荒らされてしまうので、池から出さない方がよいと結論付けました。

 大蛇を通さないために、池の出口に大きなくいを打ち込んだところ、大蛇は怒り、暴れ、暴風雨を呼び起こしました。そのため、村中の谷筋に泥が広がり、池の付近では斜面が崩落していたそうです。このことから、大雨が降る季節に、縄をなってそれを大きな蛇に見立て、これを引き合ってちぎるお祭りが行われていたと伝わっています。

 やろか水は、単純に人間に危害を加えるというより、自然災害の襲来を告げる存在として語られています。また八鹿町の大蛇の伝承では、実際に水害が発生するとどのような状況になるかということを描写し、そのリスクを忘れないために実際にお祭りが行われていたことを伝えています。

 妖怪・怪異譚は、地域社会のなかで平常時とリスク時をつなぐ一つの装置であると考えられます。妖怪を語るということは、「分からないこと」「見えないもの」に向き合うということです。科学が発展した現代においてこそ妖怪は、自然に対する謙虚さと、リスクへの備えの大切さを人間に教えてくれる貴重な存在なのです。

 ひとはくでは7月1日より、企画展「妖怪と自然の博物展」を開催します。動植物や地質、災害などの自然環境と妖怪との関係について、標本やパネルを使って紹介します。ぜひお越しください。