実家は三木市の学校給食を支える老舗松山製パン(同市芝町)。その4代目だが、子どものころから米派だった。水泳とバレーボールに明け暮れた小中学校時代も、味に加えて腹持ちの良さを理由に食べ続け、パン作りに興味を持ったことは一度もなかった。
小野高校進学後、バレーからサッカーに転向した。全くの素人だったが、練習には全力で打ち込んだ。雨が降っても毎日始業前にグラウンドでボールを蹴り続けた。最上級生になるころ、主力として試合に出ることができたのは貴重な体験になったという。
甲南大学経営学部に進み、3年生の秋、フランス・パリに語学留学した。はっきりとした目標や夢があったわけではない。漠然と、世界を知りたかった。が、ホームステイ先のパリ10区は治安の悪い場所だった。カルチャーショックで帰りたくなった若者を救ったのはサッカーだった。地元のスクールで遊んでいるうちに、言葉も文化も吸収していく感覚になった。
そんな時、街で出合ったのがクロワッサン。安くて、驚くほど多くの種類があった。何よりこんなにおいしいものだったのかと衝撃を受けた。留学中の4カ月間、パン屋巡りを続けることになり、世界に名だたる店の味を知る。
帰国後、神戸でパン作りの基本を学び、大学卒業後は東京の店舗で修業した。宝塚のパン工場では実務経験を重ねつつ外国語の勉強も続けた。その後、世界有数のカフェ文化が根付くオーストラリア・メルボルンや、全仏コンクールで最優秀賞にも輝いたパリの名店ブランジュリーなどの門をたたいた。クロワッサン職人として学び続け、昨年11月に三木に戻った。
今、仕込みから3日間かけて手がける「ダイキリーズ・クロワッサン」は、生地など素材と製法にこだわり、想像以上の食感と食べ応えで人気急上昇中。芝町の店舗では金土限定で販売する。日曜日は神戸のポップアップストアに赴いて、直接常連客に届けている。
「おいしさの本質を届けたい」と真っすぐに願う若き職人は、先代とは違う形でパンの世界にこぎ出した。(大山伸一郎)
【記者の一言】メルボルンでクロワッサン好きになったというサッカー元日本代表選手の本田圭佑さんに憧れ、機会を得て試食してもらったという松山さん。香りが際立つおいしさを日本で味わえることに驚いていたとか。本田選手の話をする瞳も輝いていました。(伸)