積極的な出店戦略を展開し、27年連続で売り上げを伸ばすベビー・子ども用品の西松屋チェーン(兵庫県姫路市)。2020年8月、創業家出身の大村浩一氏(34)は32歳で3代目社長に就いた。混まない店を身上とする「ガラガラ経営」と、低価格の品ぞろえを武器に、年40~60店舗の出店を継続。少子化の中でもさらなる成長をうかがう。
あまり「ガラガラ、ガラガラ」と言い過ぎると、人気がない店みたいですね。お客さまに便利なお店づくりを追求し続けて、今の姿があります。混むようなら、近くにもう1店舗出してでも、買い物しやすい売り場を維持します。天井は高く、通路はベビーカー3台がすれ違える広さ。既存店を置き換える形で、店舗の大型化も進めています。
18年に千店を突破。出店の手を緩めないのは、店は「社会インフラ」という自負があるからだ。
日本中どこに住んでいても、車や電車で5~10分、長くかかっても20~30分あれば店に行けるように出店を進めています。アクセスの良さ、満足できる価格と品質で、子育て家庭になくてはならない存在であり続けたい。
豊かな暮らしとは、一張羅を着続けるのではなく、生活の場面に合ったものを身に着け、使うこと。私たちの店、商品の出番です。「人々の暮らしを楽しく豊かにする」ために考え抜かれた経営理念を、仲間である社員と共有し、実現していくのが私の仕事です。
上場企業の社長は、60代以上が過半数を占める。社長就任時に、若さが注目を集めた。
社長業はハードワークだし、若い力で引っ張っていった方が会社を成長させられる。中核を担う40~50代の社員も会社を盛り上げていけるし、実力を持った若い世代が頭角を現す土壌もできる。
新型コロナウイルス禍で社会が変化するスピードが加速していたことも社長交代の要因となりました。ベンチャーやIT業界では、20代、30代の社長もどんどん出てきている。当社も、歴史は長いが、負けずに勢いを見せたい。若いからといって気後れはありません。就任時も「よし、やるぞ!」と発奮しました。
東大、みずほ銀行を経て14年に入社。店長アシスタントを振り出しに、レジ打ちや荷出しなど現場も経験した。
銀行での仕事も充実していましたが、同じ若い時期を過ごすなら、西松屋で過ごすのがいいだろうと。現場に出るのも、年齢が高いとちょっと難しいかなと思いました。
入社して感心したのは、社員みんなに、生産性を上げよう、無駄な作業をなくそうという意識が浸透していることです。「標準化」が企業風土、文化として根付いていました。
入社後、経営に参画した後のある経験が、社長就任に向けて大きな自信となっていた。
コロナ禍で店のあり方がお客さまに支持され、商品の良さにも気付いてもらえた。でも「コロナで好調」と言われると、それは違う。実はコロナ前、当社は既に大きく変わっていたんです。私はその変革の旗振り役を務め、目に見える成果を出すことができました。改革に着手した当時、会社は減益続きで、赤字が目前に迫っていました。
(聞き手・広岡磨璃)
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時代を駆ける経営者は、どんな道を歩み、未来をどう切り開いていくのか。それぞれのマイストーリーを紹介する。1人目は西松屋チェーンの若きリーダー、大村浩一社長の肉声を4回にわたって届ける。
【西松屋チェーン】1956(昭和31)年、宮参り衣装と出産準備品の店「赤ちゃんの西松屋」として設立。ベビー・子ども服、用品の専門店チェーンとして多店舗化を進めた。今年2月現在で全都道府県に1036店舗を展開。2022年2月期の売上高(単体)は1630億円。東証プライム上場。ウサギのマスコットキャラクター「ミミちゃん」でも親しまれている。
【おおむら・こういち】1987年姫路市生まれ。白陵中・高を経て、東大法学部卒。みずほ銀行に4年間勤務後、2014年西松屋チェーン入社。社長補佐室長、取締役専務執行役員を経て20年8月に社長就任。同年に1児の父となり、大学時代にサークルを創設したという趣味のブロック玩具「レゴ」は封印中。姫路市在住。