1986(昭和61)年3月、大阪府警本部の捜査第二課長に就任した。当時同課は、現物まがい商法でお年寄りなどから2千億円余りを集めた上経営破綻した豊田商事に対する捜査という大きな課題を抱えていた。そういう時期に捜査第二課長が交代したのは、前に触れた警察署長ポスト重視の方針の下で前任者が署長に異動したからだ。赴任に当たって警察庁の國松孝次捜査第二課長(61年採用、後に第16代警察庁長官)と吉村博人理事官(71年採用、後に第21代警察庁長官)から、この問題は特に関心を持って見てほしいと言われた。
1986(昭和61)年3月、大阪府警本部の捜査第二課長に就任した。当時同課は、現物まがい商法でお年寄りなどから2千億円余りを集めた上経営破綻した豊田商事に対する捜査という大きな課題を抱えていた。そういう時期に捜査第二課長が交代したのは、前に触れた警察署長ポスト重視の方針の下で前任者が署長に異動したからだ。赴任に当たって警察庁の國松孝次捜査第二課長(61年採用、後に第16代警察庁長官)と吉村博人理事官(71年採用、後に第21代警察庁長官)から、この問題は特に関心を持って見てほしいと言われた。