WBA世界バンタム級王座戦を裁く池原信遂レフェリー(左)=2024年10月13日、有明アリーナ
WBA世界バンタム級王座戦を裁く池原信遂レフェリー(左)=2024年10月13日、有明アリーナ

 日本ボクシングコミッション(JBC)の審判員で関西を中心に試合を裁く池原信遂(48)は、元日本バンタム級王者。JBC管轄下で唯一、選手とレフェリーの両方で世界戦のリングに立った経験を持つ。

 昨年2月4日。京都市で行われた興行前に、試合役員を率いる池原は審判団に言った。「今日も早すぎず遅すぎず、勝負がついたところで止めてほしい」。2日前、関西のホープ穴口一輝がリング禍の末亡くなった。理由はさまざまに臆測され、レフェリーの判断にも目が注がれた。

 しかし、批判を避けるための早すぎるストップに、池原は否定的だった。31歳まで世界挑戦の機会が得られず、ベルトを逃した。1戦の重みは知っている。「いつもどおり、ベストなタイミングで止められるように集中してほしい」と促した。

 「4回戦でも世界戦でも、選手は本当に死んでもいいと思ってやっている。自分もそうだった」。リング上にはボクサー2人と自分だけ。「死んでもいい」とさえ思う意思をくんだ上で、彼らの安全を守る。「その責任を担うのがレフェリー。絶対に事故を起こさせてはいけない」

 わずかなことが引き金になる。バンデージの巻き方、シューズのひもの緩み、キャンバスに染みた水、落ちた糸くずにまで気を配る。インターバルには選手の目線に合わせ、指で示して次のラウンド数を告げる。目がうつろな選手には、さらに声をかけて反応を見る。

 ダメージが深いとみれば、倒れる前に試合を止める。陣営から怒号を受けることもある。かつて激闘を繰り広げた自身は、無事にグローブをつるして今がある。その意味をかみしめて「ベストなタイミング」を見極める。=敬称略=(船曳陽子)