戦禍のウクライナを逃れ、神戸でバレエを教えるヴィクトリア・コスチュチェンコさん(36)とパートナーのボグダン・チャバニュクさん(35)。同国南部オデーサの国立バレエ団で活躍してきた夫婦は、祖国から遠く離れた日本で暮らしの再建を図る。ボグダンさんが現在の心境を取材に語った。(小林良多)
オデーサは黒海に面した国際港湾都市で、2021年時点の人口は約100万人。22年のロシア侵攻後、世界遺産に登録された美しい街並みも、ミサイル攻撃などにさらされている。侵攻直後、子どもたちの教育環境を確保するため、ヴィクトリアさんが娘2人と先に出国し、同年秋にボグダンさんが合流。郷里には両親らが残った。
「戦争は私たちの人生を変えました。ウクライナ国民は誰もが悲しみを抱えています。親を亡くした子ども、子どもを亡くした親。友人、知り合いを失った人も多い。誰一人、戦争を望んでいなかったのにです」
「街がことごとく破壊された地域も多くあります。人々の故郷はもうありません。何週間にもわたって電気や水がない生活を送る人、教室ではなく防空壕(ごう)で勉強する子どもたちもいる。空襲警報が一日に何度も鳴り響き、明日、目が覚めるかどうかもわからないまま眠りに落ちる。こんな恐ろしい思いはもう誰にもさせたくない。戦争に勝者はいません。敗者だけです」
一家は知人を頼って神戸にたどり着き、自治体の住居支援などを受けて日本での生活を始めた。「私たちはとても温かく日本に迎えてもらった。娘たちが学校に通うことができ、本当に感謝している」と強調する。
「2人ともバレエに人生の全てをささげてきた」とボグダンさん。15年以上にわたり、同国で最も古い歌劇場であるオデーサ国立オペラ・バレエ劇場に出演を重ね、世界各地を巡るバレエツアーにも数多く参加してきた。
来日後はダンサーの職を失ったショックが大きく、精神的にふさぎ込んだ時期もあったという。
新たな仕事を探す上で言語の壁は高かったが、スポーツクラブ「神戸レガッタ・アンド・アスレチック倶楽部」(神戸市中央区)の協力を得て、23年5月には同倶楽部でバレエ教室「Just Dance(ジャスト・ダンス)」の開設にこぎ着けた。
当初は生計を立てるためだった教室だが、子どもらと接するうち、日本で指導することに喜びとやりがいが大きくなってきたという。
「日本では子どもらがバレエに触れる場がまだ少ない。私たちの生徒の中から将来プロの舞台で活躍し、次世代に刺激を与える人が出てくるかもしれない。その実現に向けて全力を尽くしたい」。まだ小さきバレリーナたちと過ごすささやかな教室は、2人の新たな夢に変わりつつある。