■虐待疑う通報寄せられず
6月19日夕方、神戸市内の気温は28度に達していた。にもかかわらず、厚めの長袖上着にフードをかぶった4人組が、スーツケースを引いて同市西区の住宅地を歩いていた。
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当日、散歩をしていた女性(80)は奇妙なその姿を覚えていた。「いつも人に会ったら自分からあいさつするけど、変な感じがして声を掛けられなかった」
様子は道中の防犯カメラにも捉えられていた。うちわで顔をあおぎながら、ぞろぞろと進む4人組。スーツケースの中には、6歳だった穂坂修(なお)ちゃんの遺体が入っていたとされる。
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4人は修ちゃんの母、沙喜容疑者(34)、叔父の大地容疑者(32)、叔母で双子の朝美容疑者(30)、朝華容疑者(30)。修ちゃんを殺害し、自宅から1キロ離れた草むらに遺体を遺棄した疑いで逮捕された。
4人はスーツケースを草むらに置いた後、自分たちの母親でもある修ちゃんの祖母(57)を自宅に閉じ込め、京都や大阪を渡り歩いたとされる。逃避行のつもりだったのかは分からない。
結局、逃げ出した祖母が保護され、4人に暴力を振るわれ監禁されたと話した。4人は22日、神戸・三宮センター街であっさり見つかる。修ちゃんの所在を問われた沙喜容疑者が捜査員を案内し、草むらのスーツケースから遺体が見つかった。
修ちゃんの背中には、殴られてできたとみられるあざが全体に広がっていた。
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4人と修ちゃん、祖母は2階建ての住戸が棟続きになった集合住宅の一室に暮らしていた。裏手の庭に、粘着テープをべったりと貼られた冷蔵庫が横倒しに放置された光景は異様だった。
暮らしぶりはどうだったのか。近隣住民によると、外出はいつも大勢。誰も目を合わせず、あいさつもしない。女性(74)は「窓も開けず、どんな生活をしているのか、一切感じ取れなかった」と振り返る。
周囲との関わりを避けるように暮らしていた一家に、近隣も関わろうとしなかった。閉ざされた空間の内部で、修ちゃんは命を失うことになるが、虐待を疑う通報が行政に寄せられることはなかった。
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「健常者が寄ってたかって小さい子どもを殴って殺したというような、単純な話じゃない」
私たちの取材に捜査関係者の一人は語った。
この一家で起きた事件を理解するために、無視できない要素がある。取材によると、逮捕された4人はいずれも、療育手帳を持っていた。知的障害がある人が、相談や福祉サービスを受けやすいよう交付されるものだ。
神戸地検は現在、4人の容疑者の鑑定留置を実施し、裁判で刑事責任を問えるか否かの判断を下そうとしている。神戸市は第三者委員会を設置し、市の関与の在り方について検証に踏み出す。
一家は生活保護と障害年金で暮らし、修ちゃんは児童福祉法上の「要保護児童」に位置付けられていた。本来はさまざまな面で行政が関わり、事情を把握すべきはずの家庭で、悲劇は起きた。
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神戸市西区で6歳の男児が亡くなり、母親ときょうだいの計4人が逮捕された事件が発生して、2カ月が過ぎた。
なぜ、幼い命が失われたのか。悲劇を繰り返さないために、行政や地域社会はどうあるべきか。事件に至った経緯を検証し、考えたい。(事件取材班)