徳安淳子氏
徳安淳子氏

 初当選からわずか1年3カ月で審判を再び仰ぐことになった。「もうですか?」と面食らったが、気合は十分。

 半年間に及んだ通常国会の期間中も、休日は支援者に会うため必ず地元に戻った。物価高による生活苦に痛いほど耳を傾けたからこそ、時限的な食料品の消費税ゼロなど党の公約を愚直に訴える。

 師と仰ぐ故・室井邦彦参院議員の秘書から2010年の県議補選で初当選。転機は24年の前回衆院選。候補予定者が知事選にくら替えしたため白羽の矢が立ち、比例復活で当選した。

 衆院予算委員会に所属し、重責を痛感してきた。高市政権発足後、連立を組んで与党入りし、「政策実現のスピード感は野党時代とは全く違う」と驚く。政権の実行力の高さも頼もしい。「国と尼崎をつなぐ役割をもっと果たしていく」と誓う。

 再選できれば「年金の安定支給に道筋をつけたい」と意気込む。維新議員の「国保逃れ」問題で逆風は強いが、生活者目線を信条に有権者の声を国に届け続ける。(金 旻革)

【メモ】国会活動でなかなか会えない支援者たちの顔が頭をよぎるようになった。「東京の子になったんやね」と言われないよう、餅つきや盆踊りのために新幹線に飛び乗る。車内でプシュッとレモンチューハイを口にする時が、ほっとする瞬間。座右の銘は報恩感謝。

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