うどんの「丸亀製麺」ワイキキ店は、国内外チェーン全約1100店舗で売上額1位を誇る。その出店支援を託されるなど、数々の大型事業を裏で支えてきたのが、コンサルティング会社「トイトマ」(神戸市)を率いる山中哲男(41)だ。飲食業界のカリスマや吉本興業会長ら経済界の大物らに初対面で気に入られ、任された事業で成果を上げてきた。その高卒からの、たたき上げの歩みに迫った。(斉藤正志)
■大学受験に失敗、金型工場を1年で退職
「挫折」の始まりは、大学受験だった。
兵庫県加古川市の平岡中学校、加古川南高校では、陸上部の主将だった。
2001年の高校3年の時、甲南大(神戸市)で講師を務めることになっていた陸上選手の伊東浩司さんに憧れ、同大を受験したが不合格だった。
山中は、進路に迷った。
「働いたら?」
両親の一言で、地元の金型工場に就職した。
年配の従業員ばかりで話し相手もおらず、単純作業の繰り返しに自分の将来が不安になった。
約1年で退職。
次の就職先を考えた。陸上部時代、自分のことより、練習メニューを考えて仲間に助言し、その記録が伸びることに充実感があったことを思い出した。
企業の成長を支援するコンサルティング業界を志し、コンサル会社に片っ端から履歴書を送った。
受験資格はほとんどが「大卒」。受験させてくれる会社もあったが、採用通知は届かなかった。
■「バイトもしたことありません」
日雇い仕事で食いつなぎながら、転職活動を続けた。行き詰まっていた時、友人に言われた。
「自分で稼いだらええやん」
雇われることしか考えていなかった山中にとって、発想の転換だった。
その時にいた友人数人は、塾でのアルバイト組、飲食店でのアルバイト組に分かれていた。
「俺の店で働かへんか」
山中が聞くと、塾組は言下に拒否したが、飲食店組は「面白そう」と乗ってきた。
居酒屋の出店を目指し、銀行に融資の相談に行くと、飲食店での勤務経験を聞かれた。
「バイトもしたことありません」
そう答えると、断られた。他の銀行も回ったが、全滅だった。
「お金のある人に借りるしかない」と、会社を経営している友人の父親に相談した。
「コンセプトは何か」「顧客は誰か」と聞かれたが、何も考えていないことに気付いた。だが、最終的に、その人は言った。
「息子に車を買って、翌日に事故を起こしたと思って貸したる」
500万円を借りることができた。
■予約の取れない繁盛店に
資金のめどは立ったが、飲食店のことは何も分からない。
アルバイト経験のある友人にごみの出し方を聞いたら、知らなかった。
「おまえ、アルバイトしてるんちゃうんか」
「いや、バイトなんやから知るかいな」
それならばと、友人のバイト先の店長に相談した。
紹介された7店を巡った。どこの店長も、仕入れの仕方やアルバイトのシフトの組み方などを、快く教えてくれた。
パソコンも持っておらず、調べ物のためにネットカフェに通った。
03年、加古川市野口町に開いた居酒屋は、空間をゆったりと取り、落ち着いて過ごせる店内にこだわった。当時20歳だった。
メニューは少なく、山中は黒板を手に、客のテーブルを回った。片面はドリンク、片面は食べ物。「これだけしかないんです」と笑いを取った。
「皆さんの食べたいもの、飲みたいものを書いて、『正』の字になったら絶対に仕入れします」
客は面白がって、さまざまなメニューを言ってくれた。5本目の線を引かれて「正」の字になった時、客に「来週、絶対に仕入れます」と言うと、次の週に本当に来てくれた。
リピーターが絶えず、気が付くと、予約がとれない繁盛店になっていた。(敬称略)
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全4回のシリーズでは、山中哲男さんが繁盛店を5年で売却した理由や、ハワイでの失敗と成功、丸亀製麺を運営する「トリドールホールディングス」(東京)創業者との意外な共通点などを紹介します。著書のタイトルにもなり、事業で成果を上げるために必要だという「相談する力」についても、語ってもらいました。
託される男<4>インタビュー「相談はリーダーにこそ必要なスキル」
【山中哲男(やまなか・てつお)】1982年、兵庫県加古川市出身。同市立平岡中、加古川南高校卒。コンサルティング会社「トイトマ」(神戸市)社長。JR大阪駅北側のうめきた2期のプロジェクトなど、数々の事業に関わる。再生医療ベンチャー「ヒューマンライフコード」(東京)など5社の社外取締役。2025年大阪・関西万博の事業化支援プロジェクトチームのサブリーダーも務める。近著に「相談する力 一人の限界を超えるビジネススキル」(海士の風)。