戦後の地域開発のモニュメントは臨海部のコンビナートと大都市周辺のニュータウンといってよい。港湾や道路など社会資本が連結した重化学工業の工場群は高度成長をけん引した。一方、地方から都市圏に押し寄せた人口に対応する新都市は東京の多摩、愛知の高蔵寺、大阪の千里が示すように計画都市として整備され、住宅難解消の切り札になった。サラリーマンにとってはニュータウンの団地暮らしはあこがれの的となり、家庭電化、マイカーの普及も相まって新しいライフスタイルが生まれた。