竹灯籠に手を合わせる人たちを、ビルの「1.17」が見守る=1月17日午前5時10分、東遊園地
竹灯籠に手を合わせる人たちを、ビルの「1.17」が見守る=1月17日午前5時10分、東遊園地

 阪神・淡路大震災から31年となった17日、神戸・三宮の東遊園地。追悼の竹灯籠で形作られた「1・17」の明かりに手を合わせる人たちを見守るように、南側に立つ18階建ての神戸関電ビルにも「1・17」が現れた。2005年から続く、この一日のための祈りの照明だ。(尾仲由莉)

 東遊園地に面する神戸関電ビル北側の窓80枚のうち、59枚に黒幕を張る。残る21枚の部屋に明かりを付けて文字を浮かび上がらせる。

 「訪れた人たちに寄り添いたいとの思いで21年間続けています」。関西電力送配電神戸本部長の松本真也さん(49)が説明する。

 仕掛けは単純だが、準備は一苦労。1カ月ほど前から各フロアを回り、協力を求めていく。棚などが光を遮らないか、窓のそばのチェックも欠かせない。

 この「1・17の灯(あか)り文字」は、震災発生10年の2005年、関西電力神戸支店が「東遊園地のそばにある地元企業としてできることを」と発案。21年からは分社した関西電力送配電の神戸本部が引き継いでいる。

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 「周りにあった古い一軒家は、ほとんどがつぶれていました。ところどころ火も上がっていて」。神戸本部統括グループの住田英隆さん(51)は、東灘区の自宅マンションから見た31年前の光景が忘れられない。

 当時、入社1年目。家族の無事を確認すると、職場だったJR兵庫駅近くの神戸電力所に車で向かった。

 がれきでふさがれた道を迂回(うかい)し、渋滞にも巻き込まれて約6時間後に到着。キャビネットが倒れて書類が散乱していた。

 現場に出て、地中の電線を点検して回った。2日間働き通して自宅に戻る。家族は避難していて誰もいない。電気は通っておらず、暗いまま。安心して寝られなかった。

 翌日、また現場へ。職場で寝泊まりし、1週間帰宅しなかった社員もいた。

 当時の記録によれば、震災で関西電力管内の4分の1に当たる約260万戸が停電。延べ3万8752人が復旧に当たり、6日後に応急的な処置が完了した。

 作業に当たった社員の多くが、被災者でもあった。

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 住田さんは、3年前から1・17の灯り文字の取りまとめ役を担っている。今年の他の中心メンバー3人は、震災後の入社組。下準備の合間にも、前日の1月16日に幕を張る時も、自然と震災が話題に上る。

 東遊園地を訪れる人たちに向けた取り組みが、自分たちの経験を語り継ぐ機会にもなっている。

 1月17日午前5時46分。ビル壁に浮かんだ「1・17」を、追悼の催しに参列した松本さんが見つめる。「過去に心を留めながら前に向かっていく強さと、安全に電気を送り届ける使命を改めて実感しました」