開港後の神戸では、「雑居地」に洋館が建てられ、日本人と外国人が混在するまちができていった。
神戸大学特命講師の小代(こしろ)薫さん(都市史)によると、特に洋館が多かったのは、現在のJR元町駅から三ノ宮駅にかけての北側の一帯だったという。この山麓の住居と海側のビジネス拠点だった「居留地」を結んだのが、トアロードだった。
開港後の神戸では、「雑居地」に洋館が建てられ、日本人と外国人が混在するまちができていった。
神戸大学特命講師の小代(こしろ)薫さん(都市史)によると、特に洋館が多かったのは、現在のJR元町駅から三ノ宮駅にかけての北側の一帯だったという。この山麓の住居と海側のビジネス拠点だった「居留地」を結んだのが、トアロードだった。