買い物袋を提げた主婦が野菜の品定めに立ち止まる。揚げ物の香ばしい香りが漂い、呼び込みの声は威勢がいい。
神戸市須磨区の山陽電鉄板宿駅北側に広がる板宿市場。電車は駅のホームが壊れて不通のままだが、震災前と変わらない活気があふれている。
「震災二日後にはもう三分の一が店を開いた。周りの市場やスーパーのほとんどがやられたから、兵庫や長田からもお客さんが来た」と、同市場連合会会長の松本清治さん(五八)。
同市場は、鉄骨二階建ての共同店舗に六十八軒が連なる。改築工事は四年前に完了。重いアーケードの取り付けによる地盤沈下を防ぐため、地下八メートルの支持杭(しじくい)を打った。それが、結果的に震災被害を食い止めたという。
当時、負担が重くなると、杭打ちに反対の声もあった。松本さんは「コストアップを我慢して、頑丈な建物にして本当によかった」と振り返る。
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地震の被害は、「新耐震」と呼ばれる一九八一年の建築基準法改正前の建築か、後かでくっきりと分かれた。
同市場のにぎわいを離れて西にしばらく歩くと、風景は一変する。古くからの住宅街は、屋根が落ち、壁が崩れた木造家屋が目立つ。がれきの中に、比較的新しい家がぽつりぽつりと残っている。
周辺の建物被害を見て回った斉木崇人・神戸芸工大学教授は「もともと軟弱地盤だったが、ひどい被害は古い建物に集中している」とし、被災地全体についても「新耐震前の設計だったり、老朽化で構造がもろくなっていたことが、倒壊の主な理由」と説明する。
改正のきっかけは、北海道・十勝沖地震だった。もっぱら頑丈さを追求した以前の考え方を変え、建物の柔軟さに注目した。
震度5を超す激しい揺れでは、柱や梁(はり)がしなうようにし、外壁などもある程度壊れるようにする。揺れの力を拡散し、倒れても、一度にどさっとこないようにする。住民が逃げ出す余地と工夫を求めた。とりわけ木造では、法施行以来の抜本改正になった。
「建築費の負担増を低く抑えながら、人命を守るのが新耐震の目的。今回の震災でも、八一年以降の建物の被害で死者が出た例は今のところ報告されていない。今後の対策は詳細に調べ検討する」と、建設省建築指導課は話す。
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被災地の新改築に加え、改正前の建築物は、いまなお各地に数多く残る。
建設省は「改正前の建物に補強を義務付けるのは、法制上、不可能」とし、兵庫県建築指導課は「老朽住宅だと補強するより建て替えた方が安く済むケースも多い。危険とわかっていても、個人負担を強いる指導は難しい」と話すにとどまっている。
地震対策の先進地、神奈川、静岡県と東京都は、老朽化した木造建築の耐震性を自己診断するマニュアルを住民に提供。神奈川県は耐震相談コーナーを設け、専門家による詳細調査をあっせん、老朽住宅対策を中心に啓発に取り組む。
住宅金融公庫は震災にも強い高耐久性木造住宅への特別融資制度を設けている。「柱を太く、床を高く、床下の換気・除湿を十分に」がポイントだが、九三年度の利用は、兵庫県内で百六十五件。静岡県の半分にも満たない。
1995/3/19