訪れた復興住宅。見知らぬ入居者の玄関先に立ち、意を決してインターホンを鳴らす。俳優、松尾諭さん(48)の体験だ。
それは、学生時代に始めた全国紙のアルバイト。復興住宅で暮らす阪神・淡路大震災の被災者に、生活状況を尋ねるアンケートを任された。
松尾さんは当時、二十歳そこそこ。玄関で「お願いします」と頭を下げると、最初は「いやや」と断られた。ところが、少し言葉を交わすうち「ちょっと上がり」。
「なくなったわが家に帰りたい」「住んでいた場所に戻りたい」。せきを切ったように、入居者は語り出した。住み慣れた町を離れて、話し相手がいなかったのかもしれない。寂しげなひと言ひと言に、人と人とのつながりの大切さを肌で感じたという。
昨年3月に放送されたNHKスペシャル「南海トラフ巨大地震」。近い将来の発生が懸念される大地震の脅威を伝えるドラマで、松尾さんは大阪にある町工場の経営者を演じた。
「ドラマとはいえ、家の中がぐちゃぐちゃになる被災シーンは怖かった」。脳裏によみがえったのは、西宮市の武庫川団地で遭遇した阪神・淡路大震災の記憶。「あのときも部屋がグルグル回っている感じでしたから」
ドラマ出演後、東京に暮らす家族と「もしも」のときの避難先や備えについて話し合ったという松尾さん。防災で一番大事なのは、やっぱり「人と人とのつながり」だと思う。
「薄くてもよいから、周り近所とつながっておく。そうすれば何かあったときに助け合える。それが備えになると思います」
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阪神・淡路大震災と、将来避けられない巨大地震。映画に、ドラマに活躍する松尾さんが思いを語った。(金海隆至)
■困ったときは、お互いさまや まずは、近所の人とあいさつから
阪神・淡路大震災が起きたとき、俳優の松尾諭さん(48)は西宮市の武庫川団地で暮らす19歳の若者でした。大学受験を目指して勉強に励むさなか、不便な生活を強いられ、住民が助け合うことの大切さを実感したといいます。29年前の記憶と、次に起こる巨大地震への備えについて聞きました。(聞き手・金海隆至)
「震災が起きた朝は、揺れるちょっと前に目が覚めて。冬で暗かったですし、もう一度寝ようとしたら、外がビカッと青白く光って、そこから部屋がグルグル、グルグル回っている感じでした。心霊現象かと冗談抜きでそう思ったんです。揺れが収まったときも、金縛りに遭ったみたいに動けなかった。母親が『キャーッ』と叫ぶ声が聞こえて、僕だけじゃなかったんだと」