■ツキノワグマ(但馬地域)
めったに姿は見せない。だが、ツキノワグマは私たちのすぐそばで生きている。
10月初め、兵庫県の但馬地域で、民家裏に置いた自動撮影カメラが捉えた一連の写真。人里との距離の近さを物語る。
雨が上がり、秋らしさが増した夜だった。カキの木の根元に置いたカメラが反応した。体長130センチ近い成獣が闇の中から現れた。つやのある毛並み。腹は丸く肥えている。
光と音に驚いたのか。最初こそ動きを止めたが、そのうち大胆に幹をよじ登った。午前5時過ぎ、実を食べ終わるとカメラの前を再び横切り、山に戻っていった。
この民家を撮影地に絞り込んだのは6月だった。「毎年、家の裏のカキやクリを食べに来る」。案内された現場はまさに生活空間だった。母屋から10メートルほどしか離れていない。山に面し、シカよけネットが結界のように張られていた。
数年前、住人の女性は木のそばでクマと鉢合わせたことがある。「目が合うと静かに逃げていった。あの日は寝ようとしても動悸(どうき)が治まらなくて」。集落でも、10年前には出没が珍しくない状態になっていた。人を恐れない「問題個体」の捕獲も経験している。
7月のカメラ設置から撮影は空振りが続いていたが、秋が深まり、クマは集落との距離を一気に縮めた。「クリをむさぼる音が聞こえた」「畑の真ん中にふんが落ちていた」。いつになく緊張した女性の声を聞いて、押さえ込んでいた感情を垣間見た気がした。
カキやクリを切るつもりはないか。尋ねると女性は首を横に振った。伐採する手間と処分代の負担が大きい上、周囲の山沿いにもカキが多く、対策の徹底が難しい。「うちが切れば代わりに集落の中に入るのでは」との心配も抱く。
「共存せんとあかんもんねえ」。山と里の防波堤のような場所で、女性はクマと静かに対話しているように見えた。(小林良多、鈴木雅之)
行動範囲4市町またぐことも
横山真弓兵庫県森林動物研究センター研究部長(56)=野生動物管理学=の話
頭骨が張り、しっかり発達している。7、8歳以上の成熟した雄。見たところ、栄養状態は良好で体重80キロはあるだろう。
クマは単独で生きる。雄は特に行動範囲が広く、若い個体は新天地を求めて動き回る。捕獲個体にGPS(衛星利用測位システム)発信器を付けて放す調査では、4市町にまたがる数百ヘクタールものエリアを移動する個体がいると分かってきた。兵庫県内では近年は但馬のほか、丹波、播磨地域にまで分布が広がっている。
集落周辺の果樹などを一度食べるとすごくよく覚えている。特に冬ごもり前は栄養を蓄える必要があり、猛烈な食欲に突き動かされて人里に近づく。
兵庫では一時、絶滅が危ぶまれ、1990年代から禁猟になった。その後、推定800頭まで回復。人里に依存する個体は捕獲し、個体数を管理する体制に移っている。今秋、兵庫では東北や北陸のような大量出没は起きておらず、取り組みの効果だと考えている。
クマの増加率は年2割近く、人との距離が近い兵庫は軋轢(あつれき)が生じやすい。クマが増える時代に入っていることを知ってもらい、人里に引き寄せないよう防除する意識が大切だ。