盧溝橋事件の戦死者の遺骨を抱き帰還した兵士ら=昭和12(1937)年8月28日付夕刊、新港第2突堤

 1937(昭和12)年、盧溝橋事件が勃発するや日本は日中戦争、太平洋戦争への道を突き進む。暮らしは戦時体制下に組み込まれ、灯火管制や救護、避難などの防空演習、隣組制度、配給…。国家総動員法で兵士や軍馬が戦線に送り出され、農村では労働力が欠乏し、農業生産力が低下してくる。