永六輔さんの作だという。〈信長忌味方は裏切ることもあり〉。部下に裏切られた上司の胸にわき起こるのは怒りの「チクショー」だろうか。それとも、切ない「なぜ…」であろうか◆天下に手の届きかけていた織田信長を家臣、明智光秀の軍勢が襲った。京都の「本能寺の変」は梅雨のころ、1582年の旧暦6月2日のことである。信長は「是非に及ばず」、そう言って自刃したといわれる◆光秀はなぜ謀反を起こしたか。理由はさまざまに語られてなお謎のままだが、ゆかりの京都府福知山市などがインターネットでの人気投票を呼びかけ、このほど結果がまとまった。1位は「暴君討伐説」という◆非道な主君を許せず正義のために討った、とする説である。いまは大河ドラマでの好漢ぶりもさえ、光秀びいきは増えていることだろう。2位はなんと「秀吉黒幕説」で、「怨恨(えんこん)説」「野望説」などがつづいた◆光秀は岡山(備中)からとって返した秀吉軍に敗れた。いわゆる“三日天下”である。のちの儒学者、頼山陽は〈敵は備中にあり〉と詩にうたっている。本当の敵は秀吉だった、これに備えておくべきだったと◆あとからは何とでも言えるわ-と光秀は苦笑するだろう。歴史とはしかし、何とでも語れるがゆえに面白い。2020・6・6








