未来を変える
脱炭素への挑戦

(5)沈黙 取引企業千社、環境より雇用

2022/09/23

 


 4月26日、神戸地裁では、住民らが神戸製鋼所の石炭火力発電所増設や稼働の差し止めを求めた民事訴訟の口頭弁論が開かれていた。傍聴席には原告や支援者に交じって、周囲を見回しながらメモを取り、法廷内の顔ぶれを確認する男性の姿があった。


 男性は神鋼の関係者だった。裁判に限らず、石炭火力廃止を求める街頭活動や抗議活動でも、その模様や参加者を記録する姿が見られるという。


 地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)を大量排出する石炭火力への風当たりが強まる中、神鋼は地元住民の動向に神経をとがらせる。5年前の増設計画の説明会では、神鋼側が会場を訪れた住民らのビデオ撮影を始め、抗議を受けて中断する場面もあった。


 一方、2002年に発電所1号機が稼働した頃から続く反対運動だが、石炭火力に厳しい世論の追い風とは裏腹に、大きな広がりは見えない。そこには「地元」ゆえの事情が横たわっている。


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 「大量のCO2を排出する石炭火力発電所の増設は、世界に逆行している」「今、神戸の街中で起きていることを知ってほしい」


 今年2月、神戸・三宮の繁華街で、横断幕やのぼりを手にした市民らが行き交う人々に訴えた。3号機の営業運転が始まったことを受けての抗議で、約20人が参加した。


 その訴えに、学者や環境団体、学生など、さまざまな立場の人が賛同する。ただ、地元の神戸市会で街頭活動に加わり、声を上げるのは共産党議員のみだ。他党や他会派の議員の姿はなく、「市民運動」としての広がりを欠いている。


石炭火力廃止を求める地元住民らの街頭活動=神戸市灘区永手町4(撮影・坂井萌香)



 神戸市会与党系のベテラン議員は「地元企業で仕事をつくらないと、地域の雇用を守れない。税金も払ってもらう方がいい、という判断だった。地球環境の前に、目の前の現実がある」と打ち明ける。


 兵庫県内に取引企業が約千社あるとされる神鋼。地元の「沈黙」の先には、地域経済をけん引する大企業の存在感がある。


 兵庫県や神戸市など地元行政も神鋼に厳しい環境対策を求めつつ、環境影響評価(環境アセスメント)手続きで増設計画を容認した。神戸市は「エネルギー問題は国で議論すべきだ」との姿勢を貫く。


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 世界では今、投資対象から石炭が排除され、石炭火力は廃止へと向かう。ウクライナ危機で石炭の価格上昇も続く。国内でもCO2排出量に応じて課税する炭素税導入などが検討されている。京都大の諸富徹教授(環境経済学)は「神鋼にとって、発電事業が収益源でなくなる可能性がある」と指摘する。


 諸富教授は「人類が地球環境に向き合う今こそ、地域産業のあり方が問われている。地元も地球の将来も守る新産業を生みだし、脱炭素経済への転換を急ぐべきだ」と訴える。


 「地球市民」にして「地域住民」でもある私たちが試されている。(脱炭素取材班)


=第1部おわり=