EV電池競争 兵庫から攻勢
トヨタへ供給 旧三洋拠点が核
昨年10月、兵庫県加西市の北条東小学校。5年生の児童約50人が、電気自動車(EV)などのエンジンルームの中を興味津々にのぞき込み、EVの仕組みや、心臓部のリチウムイオン電池について学んだ。
「車の電動化でクリーンな社会を実現するために、安全で質の高い電池を、いかに安く作るか。僕たちは加西から世界に挑戦しているんだよ」。講師を務めた技術者は、車載用電池開発の現状をこう説明した。
技術者は、トヨタとパナソニックが2年前に設立した合弁会社「プライムプラネットエナジー&ソリューションズ」の社員だ。同社は加西市に関西本社を構え、EV生産に大きくかじを切ったトヨタの戦略を電池の供給で支える。

加西市の工場で生産される電気自動車向けの角形リチウムイオン電池=加西市鎮岩町(プライムプラネットエナジー&ソリューションズ提供)
プライム社の関西本社には技術者ら約千人が所属する。建物や工場は同市発祥の大手家電メーカー、三洋電機が2010年、車載電池開発・製造などの一大拠点として整備したものだ。リチウムイオン電池の出荷量で世界首位を誇った三洋だったが、翌年、経営難でパナの完全子会社となり、吸収された。
企業城下町・加西は大きな打撃を受けた。それから10年、思いもかけない「世界のトヨタ」の市内進出に、加西商工会議所の竹末文昭専務理事は「意見交換などを通じて地元企業の技術力をプライム社に知ってもらい、その勢いを地域活性化につなげたい」と話す。

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プライム社は小学校への出前授業など、地元との交流にも力を入れる。地元関係者は「ものづくりの町にとって、三洋時代を思わせる明るい話題だ。EV関連企業進出の動きもみられ、店舗の出店も相次いでいる」と喜ぶ。
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地球温暖化対策としての脱炭素化の流れを受けて、欧米を中心にガソリン車からEVに移行する動きが加速する中、車載電池の需要は高まるばかりだ。こうした需要と投資が今、地域産業の空洞化を埋める救世主となっている。
「トヨタの資本が入り、潮目が変わってきた」と、変化の兆しに期待をかける加西市。脱炭素が生み出す需要は人口減少に悩む地方や地域経済の活路となるのか。さらに取材を続けた。
EV潮流、地域経済の活路に
加西市鎮岩(とこなべ)町の約15ヘクタールに広がるトヨタとパナソニックの合弁会社「プライムプラネットエナジー&ソリューションズ」の関西本社。三洋電機、パナソニックから引き継いだ管理棟は今年、1階エントランスが10年ぶりに改修された。

国際的な開発競争が激化する角形リチウムイオン電池。車種に応じて搭載する電池の種類や数が異なる=加西市鎮岩町、プライムプラネットエナジー&ソリューションズ関西本社(撮影・吉田敦史)
正面の巨大スクリーンには森林や海など世界各地の大自然の映像が映し出され、製品のPRはない。「地球環境のために一緒に協力していきましょう、というメッセージ」と広報担当者。増加する取引先や見学者の受け入れを意識する。
兵庫県内の開発・生産拠点は加西に加え、姫路、淡路、洲本、神戸市西区の計5カ所。多くは旧三洋電機の工場を活用した。国内の3千人近い正社員の大半が兵庫を中心に勤務する。
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投資の背景には、電気自動車(EV)化を急ぐトヨタの戦略がある。同社は2030年までにEV車種を従来計画から倍増させ、次世代型電池搭載車も開発する。中国や韓国が国家予算を投入して競争力を高める中、「車載電池は、日本のものづくりの最後の砦(とりで)」とプライム社。世界市場での巻き返しの一翼を担う。
脱炭素の流れが世界企業に戦略の転換を迫った結果、新たな投資が舞い込んだ加西市。「雇用の多くは派遣や契約社員で、地元経済への影響は限定的」との見方もあるが、地域経済基盤の底上げに期待は大きい。
一方で、地元には地域経済を支えた三洋電機の消滅という苦い記憶がある。約20あったという市内の協力会社は、三洋電機から転職した技術者を迎え入れたり、事業を多角化させたりして存続の道を探った。三洋電機OBの一人は「加西は苦難を経験したが、各企業が技術力を高め、時代の変化に対応する力をつけた。(脱炭素の)ビジネスチャンスをうまく取り込んでほしい」と願う。
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姫路工場は液晶パネル撤退、電池にかじ
プライム社の勢いは、県内各地に及ぶ。同社は昨年、EV向け電池の主力工場となった姫路拠点(姫路市飾磨区妻鹿日田町)などで、生産ラインを大幅に増強すると発表した。年間生産台数を140万台分から段階的に240万台分まで引き上げる。

液晶パネルから電気自動車向けリチウムイオン電池の生産拠点にシフトするパナソニックの姫路工場=姫路市飾磨区(ドローンで撮影・吉田敦史)
姫路拠点はパナソニックが10年、液晶テレビパネル製造のために整備したものだ。工場は一大拠点となったものの、中国や韓国勢などとの価格競争に敗れ、生産を停止する。液晶パネル事業からの撤退表明と時を重ねる19年、車載電池の生産が始まった。
姫路市企業立地課は「製造する品は変わるが、工場撤退ではない。配置転換などで雇用が継続され、最新設備の導入で省エネや税収増にもつながる」と前向きに受け止める。プライム社は増産に伴い、150人を新規雇用した。
この場所は元々、出光興産の製油所だった。液晶パネルの国際競争に翻弄(ほんろう)された時代を経て、脱炭素社会を象徴する製品の生産拠点に生まれ変わろうとしている。姫路商工会議所の吉田裕康専務理事は「国の経済成長戦略とも合致する有望な業界。雇用面での効果が大きく、共に歩んでいきたい」と期待する。(石沢菜々子、藤井伸哉)
■世界の車メーカー、覇権争い激化/日本勢、電池の高性能化がカギ
世界最大手のトヨタをはじめとした各国の自動車メーカーが、脱炭素化に向け、電気自動車(EV)開発を中心とした電動車の覇権争いを繰り広げている。急成長が見込める電動車市場では、航続距離の短さという弱点克服に向け、車載電池の高性能化が鍵となる。

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トヨタは昨年末、EVの世界販売目標(2030年)を350万台に増やすと発表。水素で走る燃料電池車(FCV)を含めた200万台という従来の計画から大きく引き上げた。日産自動車も30年度までに全世界での販売車種の半数以上を電動車にする方針。ホンダは、40年に全ての新車をEVとFCVにする「脱エンジン」を宣言した。
EV市場の開拓者は、日産と三菱自動車だったが、EV専業大手の米テスラが販売を急拡大。現在は世界最大市場の中国や、環境規制が厳しい欧州のメーカーが市場をけん引する。中国では、50万円程度の格安EVが人気を博している。
この流れを受け、EV生産コストの3割を占める車載電池も猛烈な争いとなっているが、投資が先行する中国と韓国勢がシェアの上位を占める。
劣勢を強いられている日本勢は、トヨタとパナソニックが合弁で立ち上げた「プライムプラネットエナジー&ソリューションズ」などが、安全性と航続距離の延長といった性能向上に注力。さらに、新世代の「全固体電池」の量産化実現に向け、技術革新を急ぐ。