未来を変える
脱炭素への挑戦

(3)急転換 原発活用、脱炭素で再び脚光

2023/02/19

 


 2月初旬、丹波篠山市役所近くの施設で、市職員らが、市民への安定ヨウ素剤の配布手続きに追われていた。以前に配布し使用期限が来たものと、新しいものを順次交換する。


希望する住民に配布される安定ヨウ素。使用期限が来たものを順次交換する=丹波篠山市東新町



 同市が希望者への配布を始めたのは2015年度。50キロ圏内にある福井県の高浜原発で事故が起きた際、甲状腺の被ばくを抑えるためだ。14年の兵庫県の予測では、1歳児の被ばく線量が、国際原子力機関(IAEA)の服用基準の倍になる可能性が示された。


 国が安定ヨウ素剤の備蓄を求める30キロ圏内ではないが、市費で配布を続け、市民の3割超が受け取った。東京電力福島第1原発事故の教訓を踏まえ、同市は「いざというときは安定ヨウ素剤を飲んで、とっとと逃げて」と呼びかける。


 一方で、国が求める広域避難対策では、同市は福井県若狭町の避難先になっている。同市の担当者は「市民にはできるだけ早く遠くに逃げて、と伝えているのに」と話す。


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 福島の事故は、広範囲に深刻な影響を及ぼす原発のリスクの大きさを露呈した。事故後、再稼働にこぎつけた原発は10基のみで、24基は廃炉が決まった。政府は原発への「依存度低減」の方針を示してきた。


 だが、脱炭素の要請が強まるにつれ、発電時に二酸化炭素(CO2)を出さない原発の利点に着目。ウクライナ危機がもたらしたエネルギー供給不安や、猛暑による電力不足も背景に、昨年8月、岸田政権は原発の活用を表明した。


 昨年末、原発の建て替えや運転期間60年超への延長を盛り込んだGX(グリーントランスフォーメーション)の基本方針が示された。政府は「安全性が最優先」と強調するが、方針転換の背景には「(再稼働が進まない中で)原子力産業の技術や人材が危機にひんしている」(西村康稔経済産業相)との焦りもにじむ。


 急転換を方向付けたのは、経産省の有識者会合「原子力小委員会」が了承した案だ。委員の一人で原子力資料情報室の松久保肇事務局長は「委員のほとんどが原発推進派で、議論にならなかった」と明かす。


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 今月3日、経産省近畿経済産業局(大阪市)はGX基本方針の説明・意見交換会を開いた。オンラインも含めて約150人が参加した。会場からの意見の大半は疑問の声だった。


 福島の帰宅困難地域に自宅があったという女性は「事故前、東電は『いかなる災害にも耐えうる』と約束した。福島の現実を踏まえて、『安全』とどうして言えるのか」と訴えた。


 会場は紛糾した。経産省の担当者が、方針決定に反映されるのは公募(既に終了)への意見で、この日の議論は対象外と説明したためだ。1時間半の予定だった会は6時間を超えた。


 説明・意見交換会は3月初旬まで各地で予定されるが、基本方針は10日に閣議決定された。建て替えは「廃炉が決まった原発の敷地内に限る」との表現に改められた。(脱炭素取材班)