(3)シンボル 高炉廃止と火力増設は「同体」
2013年5月、神戸製鋼所(神戸市中央区)は、神戸製鉄所(現神戸線条工場)の高炉を廃止し、跡地に石炭火力発電所の増設を検討すると発表した。
阪神・淡路大震災後2カ月半で再稼働し、「復興のシンボル」として被災地に勇気を与えた高炉の廃止を、当時の川崎博也社長(68)=現・神戸商工会議所会頭=は「忸怩(じくじ)たる思い」と述べた。
一方で、発表には臆測もついて回った。神鋼は電力事業拡張のために高炉を捨てる-。折しも東日本大震災後に停止した原発の代替電源確保が叫ばれていた。社内では、どんな議論が交わされていたのか。

神戸製鋼所神戸製鉄所(当時)の高炉(左)と、既に稼働していた石炭火力発電所1、2号機=2013年5月、神戸市灘区灘浜東町
神鋼の元役員は「神戸の高炉は規模が小さいからコストが高かった。不況のたびに、廃止論が浮かんでは消えていた」と振り返る。規模の大きい加古川製鉄所(加古川市)に集約すれば効率化できる、という計算があった。
元役員は「あくまで、高炉廃止は会社が生き残るための議論だった。跡地の活用より、高炉を集約して品質を維持できるかが論点だった。『発電のために高炉をやめるのではない』と上司に何度も確認を取ったのを覚えている」と話した。
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だが、高炉廃止の結論に至ると、跡地については「発電所以外の案は出ていなかった」(元役員)。高炉の隣地では、発電所1、2号機が約10年間安定稼働し、利益を出していた。
さらに、関西では原発停止による電力不足が喫緊の課題だった。経済産業省は12年9月、火力発電所の新たな入札指針を示し、火力電源の増強にかじを切っていた。関西電力が発電事業者の募集に乗り出すことも予測できた。
「議論は別だったが、実質、高炉廃止と増設は同体のようなもの」と電力事業に関わった神鋼OB。「象徴を失うことを含め、高炉を止めるさまざまな痛みを、発電所なら十分カバーできる。跡地利用はそれしかないと思った」と話す。
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発電所の増設に踏み出した神鋼にとって、燃料は石炭以外になかった。1、2号機の実績に加え、製鉄所は岸壁や石炭の荷揚げ設備も既にある。
ばいじんなどの排出対策には、国内最高レベルの高効率処理装置を導入することを決めた。元役員は「検討当時、二酸化炭素(CO2)は大きなテーマではなかった」という。
だが、国際世論は神鋼にとって思わしくない方向へ傾く。15年、地球温暖化抑止の国際的枠組みであるパリ協定に合意。国も20年に50年のカーボンニュートラル(CO2排出の実質ゼロ)を宣言した。CO2を大量排出する石炭火力発電への逆風は一気に加速した。
神鋼OBは「それでも、現実に石炭火力がないと電力供給はおぼつかない。必要悪ですよ」と話す。赤穂や高砂で石炭火力発電所計画が頓挫する一方、神鋼の増設計画だけが残った。
それは、電力の安定供給を図る関西電力や経産省の思惑とも合流していった。(脱炭素取材班)